[デンマーク / 1902-1971]
デンマーク、コペンハーゲン生まれ、1927年にデンマーク王立芸術アカデミーを卒業。デンマークの建築・デザインの第一人者です。初期建築作品からは、バウハウスやミース・ファン・デル・ローエなどのモダニズムの影響を見て取れます。
オーフス市庁舎やSASロイヤルホテル、SASターミナルなど数々のプロジェクトにおいて、建築デザインだけではなく、家具、照明、ナイフやフォーク、ドアの取っ手など建築空間に関するあらゆるものを総合的に設計するトータルデザインを行いました。
伝統を重んじていたデンマークにあって、モダニズム建築を推進し、代表的な家具デザインであるアント(蟻)やエッグ(卵)、スワン(白鳥)などの新素材・新技術を用いた名作椅子を世に送り出しています。
[アメリカ]
[チャールズ・イームズ 1907-1978]
[レイ・イームズ 1912-1988]
チャールズ・イームズは1907年、ミズーリ生まれ。ワシントン大学で建築を学び1930年に自身の建築事務所を設立。数多くの建築を手がける。初期のエーロ・サーリネンとのコラボレーションは、モダンデザイン誕生のきっかけをつくった。
レイ・イームズは1912年サクラメント生まれ。絵画の勉強を進めアーティストの道を歩んでいたが、1941年、チャールズと結婚。その後は、レイ&チャールズとしての活動が中心となる。
2人はハーマンミラー社のジョージ・ネルソンとともに、現代にも通じる画期的で斬新な家具を数多くデザインしたが、活動はそれだけにとどまらず、映像、写真、展示デザイン、グラフィックデザインなど、60~70年代のモダンデザインのパイオニアとして活躍した。
[アメリカ]
[チャールズ・イームズ 1907-1978]
[エーロ・サーリネン 1910-1961]
チャールズ・イームズはワシントン大学で建築を学び1930年に自身の建築事務所を設立し、数多くの建築を手がける。初期の エーロ・サーリネン とのコラボレーションは、モダンデザインの誕生のきっかけをつくった。
エーロ・サーリネンは幼少のころから、デザインや建築に囲まれた環境に生まれ育ち、1923年に渡米、1929年パリで彫刻を学び翌年にはイェール大学で建築を学ぶ。その後エーロ・サーリネン は、建築家の父エリエルとともにアメリカに移住。 北欧モダンとアメリカンモダンを調和させた建築や家具を発表する。アメリカのミッドセンチュリー期における重要な役割をはたした。
[フィンランド / 1932-]
エーロ・アールニオ は1932年、フィンランド・ヘルシンキに生まれる。THE INSTITUTE OF INDUSTRIAL ARTS OF HELSINKIにて工業デザイン・インテリアデザインを学び、1957年卒業。
その後1962年に独立し、自身のスタジオを開設。型にとらわれないポップなデザインを持つ作品を数多く生み出し、また、FRPなどの新素材を用いた新しい家具デザインの道を作り出した。
[アメリカ / 1910-1961]
1910年フィンランド生まれ。1923年家族でアメリカへ移住。父は建築家のエリエル・サーリネン。イェール大学で建築を学ぶ。父の建築事務所で働きながら、クランブルック美術アカデミーで教鞭と執る。同校の研究員だった同僚のチャールズ・イームズと共に1940年に共同で「オーガニックチェア」を発表。
ニューヨーク ケネディー空港TWAターミナルを設計したりと、アメリカのミッドセンチュリー期における重要な役割をはたしたデザイナーの一人である。
[アイルランド / 1878-1976]
アイリーン・グレイは、1902年までロンドンとパリで絵画を学びます。勉強の傍ら工芸品にも興味を持ち、漆塗りの技術習得の為に来日したこともあるそうです。その後、ロンドン・パリで過ごしながら家具デザインに携わり、1922年にインテリアや家具デザインを手掛ける自身の事務所を設立しました。
彼女の代表作として最も有名なものは、鋼管を使用したE1027テーブルです。昇降機能を持たせたこのテーブルは、ベッドサイドでの利用を想定して考えられたものです。
アイリーン・グレイの特徴は、独学で建築を学び、鋼管家具の設計といったオリジナリティと独創性、また、チャレンジ精神旺盛な仕事にありました。
[デンマーク / 1912-1989]
フィン・ユールは本来は建築家である。当時のデンマーク家具業界では、コーレ・クリントに学んだオーレ・ヴァンシアやボーエ・モーエンセンなどのクリント派が大勢を占めており、本来建築家であるフィン・ユールの彫刻的なデザインは突飛なものとして反発と揶揄が集中したと言われています。
フィン・ユールを最初に評価したのはアメリカだそうです。当時、大量生産品に慣らされたアメリカ人が、スカンジナヴィアのモダン・ハンディ・クラフト製品に感銘を受け、中でもフィン・ユールの家具デザインを高く評価したのです。その後、デンマークにおいても評価され始め、家具・テーブルウェア・照明・旅客機の内装デザインなど、広範囲に渡り活躍をしました。
家具の代表作には、「世界で最も美しい肘をもつ椅子」と評されるNo.45 イージーチェアや、チーフティンチェア、ペリカンチェアなどがあります。
[アメリカ / 1908-1986]
George Nelsonは、建築家であり、グラフィックデザイナー、著者、教師、インテリア・プランナー、プロダクトデザイナーと多数の才能を存分に発揮した活動をしてきました。最初は、芸術学を学んだ後、建築の分野で功績が認められ、建築フォーラムの編集スタッフとして働き、最終的にハーマンミラー社との共同作業により更なる功績をあげ、時計・家具等 数々の名作を残してきました。
作品には、マシュマロチェア・プレッツェル等があり、イームズ、サーリネンらと共にミッド・センチュリーを代表する建築家・デザイナーです。
[デンマーク / 1914-2007]
1914年、デンマークに生まれる。14歳で家具職人の見習いとなり、その2年後にマイスターの資格を取得。
生涯で500を超える椅子をデザインしたウェグナーの作品は、特に木材を生かした美しさが特長となっている。
東洋的なフォルムと伝統的な持ち味は、日本でも数多く使われ、日本人の心をとらえるものを持っている。
[デンマーク / 1921-2003]
家具デザイナーとして多くの量産家具およびキャビネットメーカーの製作家具のデザインを数多く手掛けた。
イブ・コホド-ラーセンの名を後世に残すこととなった名作"エリザベスチェア”や”IL-10 イージーチェア"などが代表作。
[アメリカ / 1904-1988]
アメリカで生まれ、幼少期を日本で過ごし、14歳から再びアメリカへ。1922年から彫刻家として仕事を進める傍らコロンビア大学の医学部(人体研究)へ通い、NYのダヴィンチアートスクールで彫刻の研鑚に努めました。
その後パリに渡り、アートや彫刻の勉強を続けます。1936年にメキシコ・シティのダウンタウンでのモニュメント製作、第2次世界大戦時には、強制収容所へ収容させられましたが、釈放後は再び精力的に活動し、エルサレムの国立美術館の庭園設計、家具、舞台美術等での世界的な活躍が認められています。
彼に関しての書籍を読めば読むほど「彫刻」というアートに深く傾倒したアーティストとしての情熱的な姿勢が見えてきます。
[フランス / 1901-1984]
1901年パリに生まれる。アールヌーヴォーの巨匠、ヴィクトール・プルーヴェを父に持ち、東フランス、ナンシーのアールヌーヴォーの環境の中で鉄加工技術を身につける。
1932年頃に自身のアトリエを設立。パリで、ル・コルビュジエ、シャルロット・ペリアンらと知り合い、1930年には彼らと現代芸術家組合(UAM)を設立。合理的で無駄の無い構造の家具を数多く手掛けた。
プルーヴェはナンシー市の市長や大学の教授も務め、建築家としても活躍。
[スイス / 1887-1965]
ル・コルビジェ(本名:シャルル=エドゥアール・ジャンヌレ=グリ)はスイス・ラ・ショー=ド=フォンで生まれ、フランスを拠点として活動した20世紀を代表する建築家。黄金比率に魅せられ幾何学形態の中に建築のモチーフの多くを見出し、数多くの作品を手がけました。
事務所のメンバーであるピエール・ジャンヌレやシャルロット・ペリアンらと手掛けた家具「LCシリーズ」は、従来の装飾芸術としてのインテリアからの脱却を図る為の設備品としてデザインされた。
建築では、サヴォワ邸、ラ・ロッシュ邸等の住宅の他に、大型のアパートメントであるユニテ・ダビタシオンやロンシャンの教会など数多くの名建築を残しています。
[ドイツ / 1886-1969]
コルビジェと並び20世紀を代表する建築家として、またバルセロナチェアのデザイナーとして私達にもとてもなじみが深い存在です。初期の作品として「トゥーゲンハット邸」の設計、1929年スペインで開催されたバルセロナ万博のドイツパビリオン等の作品評価がミースの建築家としての地位を確立し、バウハウスの3人目にして最後の校長にもなりました。このときのミースの学長としての仕事は、バウハウスの終焉をフォローして行く大変な役割だったと伝えられています。
後に活動の場をアメリカに移し、建築家として専念します。以後生涯200を越える建築作品の内の120以上もの作品をアメリカで手がけました。ファンズワース邸やレイクショアドラブアパートメントなどが有名です。生涯、建築に対する考え方を固定化せず、社会・材料・テクノロジーを見つめ「流動する」をテーマに建築家として生きたのが、ミースです。
[デンマーク / 1929-1980]
ポール・ケアホルムは北欧を代表するデザイナーの1人です。特に家具において北欧と言えば美しい木製椅子の有名デザイナーが多い中一人、独自の路線で優れた作品を数多く発表してきました。
その中でもPKシリーズの作品群は、木製品では決して表現できない線の細い、美しいフォルムを持たせています。金属を中心にフレームの強度を利用して木材では表現できないすっきりとした、より近代デザイン表現をしてきました。
[デンマーク / 1923-2001]
ハンス・オルセン家具製作工場で訓練を受けて家具職人となり、その後The School of Arts and Craftsを卒業。
後に、The Danish School of Art and Designで教鞭を執り、若手デザイナーの育成に尽力し、多大なる影響を与えた。
[デンマーク / 1926-1998]
1926年デンマークに生まれる。コペンハーゲンの王立美術アカデミーで建築を専攻した後、当時の北欧のトップであったアルネ・ヤコブセンの建築事務所で働く。
その後、若干29歳で建築デザイン事務所を設立し、1957年には20世紀の名建築家のひとつ「カードボードハウス」を設計する。スイスに移住後は国にとらわれない幅広い活躍をはじめる。
フリッツ・ハンセン、ルイス・ポールセン、トーネット、ハーマンミラー、そしてヴィトラで数多くのデザインを残し、現在も生産を続けられているものも多い。